お野菜を届けよう以外の個人的なボランティア活動日記です。
被災地の今を少しでも伝えられたら・・・と思います。
10月22日(土)女川桐ヶ崎仮設住宅での芋煮会の後、渡波小学校へ避難所本部のお手伝いに行きました。
渡波小学校は26日で避難所としての役目を終え小学校に返すことになっており、最後の大掃除のお手伝い。
そのはずが、台湾から義捐金の配布に体育館を利用する事になり、22日に到着した頃には雨にも関わらず朝から押し寄せた多くの人で、校庭や付近の道路も車でいっぱい。
本部のみんなで交通整理、とても大掃除どころではありませんでした。
22・23日は牡鹿半島と渡波地区への配布という事もあり、駐車場では避難所で一緒に生活した皆さんが久しぶりに顔をあわせる度に、立ち話をして、まるで同窓会の様な盛り上がりでした。
本部でも、避難所を一緒に運営していた市役所の方と本部の臨時職員が昔話し。
10月10日、最後の挨拶のつもりで訪れた渡波小学校でしたが、高橋館長の「実はまだまだ大変」との話しから、まさかの3週連続避難所本部のお手伝い。
この3週間、今まで避難所を支えてきた方達の苦労話しや今の仮設住宅での問題、子供たちの事を聞き、仮設住宅に移る事が復興への新しい一歩とはいえ、これからが本当に大変なのだと感じました。
今、渡波小学校は高台に立てたサテライト校での授業をしています。
震災から7ヶ月経った今も、電話・FAXは無いそうです。
避難所から小学校へ戻る校舎では、グラウンドと体育館を地域のスポーツ少年団に貸し出すそうです。
それでも、みんなのユニフォームやボールなどが足りなく、普通に練習出来るようになるにはまだまだだろうとの話しでした。
みんなが元気でいてもらう為に、私は私の出来ることを一つずつ。
まずはお野菜から。
2011年10月27日木曜日
2011年10月25日火曜日
【番外】10/22 女川町 桐ヶ崎地区仮設住宅
お野菜を届けよう以外の個人的なボランティア活動日記です。
被災地の今を少しでも伝えられたら・・・と思います。
10月22日(土) 女川町にある桐ヶ崎仮設住宅へ行ってきました。
桐ヶ崎仮設住宅は22世帯で、石巻から行くと女川町を越え、山の中、桐ヶ崎の港の近くの高台にありました。
港近くの住宅は津波で何もなくなっており、唯一の交通機関であるバスも1日数本しかありません。
前回の台風で仮設住宅裏側の斜面が崩れ、22日は工事業者が入っていました。
以前は移動スーパーが来ていたそうですが、今はそれも来なくなったそうです。
買い物には、女川町を越え万石浦のイオンまでいかなくてはなりません。
今回はボランティア仲間が企画した芋煮会に参加させてもらいました。
住民の皆さんと一緒に芋煮を作りましたが、足りない道具を自宅から持ってきてくれたり、雨の中集会所まで出て来れないお年寄りの方に声をかけ鍋で持っていったり。
お母さん達が普段から助け合って生活しているのを感じました。
今、いろんな人が心配している孤独死などはここの仮設住宅では心配無いだろうけど、立っている場所や仮設住宅の規模から、来てくれるボランティアも少ないだろうと思います。
雨のぱらつく中、最後までバスを見送ってくれたみなさん。
お母さんの涙はいつまでも忘れないと思います。
ラベル:
番外
場所:
日本, 宮城県牡鹿郡女川町桐ケ崎
2011年10月20日木曜日
Post Card №6 南三陸町防災庁舎
2011.07.17
中央右にある鉄筋の建物が南三陸防災庁舎。
南三陸では月に1回毎月最終日曜日に「福興市」を開催。
「町の復興に向けた活力を発信するのが目的」だそう。
5月29日に訪れた際には防災庁舎前に多くの花が手向けられていました。
Photo by Kakudou.S
Post Card №11 渡波小学校閉所式
2011.10.15
石巻市立渡波小学校で閉所式が開催されました。
渡波小学校は一次避難所として、震災直後は2000人近くの方が生活をしていました。
石巻市では10月11日に全ての避難所を閉鎖。
今まで一緒に支えあってきた皆さんがそれぞれ新しい生活を始めました。
Photo By Mika.S
ラベル:
Post Card
場所:
日本, 宮城県石巻市渡波
2011年10月19日水曜日
Post Card №5 小泉大橋近くのJR気仙沼線線路
2011.0717
気仙沼から南三陸へ続く45号線にかかっているJR気仙沼線の線路。
2011.1019運転再開の見込みは立っていません。
2011.09.24この橋はこのままでした。
近くにある小泉大橋も落橋しましたが、6月26日仮橋がかかりました。
Photo by Kakudou.S
ラベル:
Post Card
場所:
日本, 宮城県気仙沼市
Post Card №3 陸に打ち上げられた海来
2011.07.16
海来は気仙沼と大島を結ぶ旅客船です。
大島の港に停留中に津波に見舞われ、約100メートル離れた陸地に打ち上げられました。
船体に大きな傷が無かった事から、8月に海に戻され9月27日半年振りに気仙沼と大島を結ぶ定期航路に復帰しました。
被災した大型船が運行を再開するのは初めて。
海来 160トン 定員300人
Photo by Kakudou.S
ラベル:
Post Card
場所:
日本, 宮城県気仙沼市
Post Card №1.南気仙沼小学校
2011.07.16
南気仙沼小学校の校庭は津波で流された車置き場となっていました。
2011.03.11津波により、校舎は一階天井付近まで浸水。
この校舎での授業は不可能となり、2011年10月現在気仙沼小学校に間借りしているそうです。
Photo by Kakudou.S
ラベル:
Post Card
場所:
日本, 南気仙沼駅(宮城)
【番外】 渡波小学校 閉所式
お野菜を届けよう以外の個人的なボランティア活動日記です。
被災地の今を少しでも伝えられたら・・・と思います。
10月15日渡波小学校で閉所式がありました。
渡波小学校では「はまなす食堂」という名前で、避難所の方だけではなく自宅避難のみなさんにも炊き出しを実施してました。
その炊き出しグループ「わたまま」たちによる閉所式。
渡波小学校は11日で避難所としての役目を終え、今は誰も生活していませんが、震災後、渡波小に避難し、一緒に暮らしていたみなさんが集まりました。
報道関係者にもしっかりご案内。
おかげで、NHK宮城県内版のトップニュースに。
避難所で一緒に生活していた皆さんの久しぶりの対面という事で、笑いあり、涙あり、サプライズあり。
本部の皆さんにとっては閉所式自体がサプライズだったようで、大掃除のお手伝いに行った私も愛知から来ていたボランティアバスのみなさんも、みんな飛び入りで参加させていただきました。
閉所式の後、ワタママ最後の炊き出しとなるちらし寿司がふるまわれ、みんなでワイワイいただきました。
これからワタママ達は仮設住宅へのお弁当配達などを始めるそうです。
10月15日渡波小学校
翌日開かれる中畑清さんによる野球イベントの為、校庭はブルーシートに覆われていました。
2012.01.05追記
産経新聞に記事が掲載さけていました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111015/dst11101518260018-n1.htm
2011年10月14日金曜日
協力農家 中島さん
新しい協力農家さん見つかりました。
三芳町の中島さんです。
近隣の農家さんにお声かけ頂いて3件で、月に一度ご協力いただける事になりました。
協力農家さんとのお話しの中から、葉物を送るにはまだちょっと気温が高いとのお話しが出ました。
仮設住宅へのお野菜お届けは、少し気温の下がるのを待って11月から始めたいと思います。
三芳町の中島さんです。
近隣の農家さんにお声かけ頂いて3件で、月に一度ご協力いただける事になりました。
協力農家さんとのお話しの中から、葉物を送るにはまだちょっと気温が高いとのお話しが出ました。
仮設住宅へのお野菜お届けは、少し気温の下がるのを待って11月から始めたいと思います。
2011年10月13日木曜日
【番外】 お野菜 第3弾 渡波小学校
お野菜を届けよう以外の個人的なボランティア活動日記です。
被災地の今を少しでも伝えられたら・・・と思います。
10月11日、渡波小学校が避難所としての役割を終えると聞き、高橋館長・本部の山田さんに会いに行って来ました。
渡波小学校は、NPOエコツーリズムネットワークジャパンが主催するライフカフェで、6月24日から6回訪れており、私が石巻で1番お世話になった避難所でした。
ライフカフェについて
少しの時間でしたが、本部の方と一緒に、防寒着配布の用意や使わなくなったものの整理や夕方からは仮設住宅へ移る方の荷物運びのお手伝いをしました。
仮設住宅に移る方へ大木様の里芋と美瑛から届いたジャガイモを一緒にお配りしました。
たくさんの支援品と一緒に、館長からみなさんにプレゼント。
10日夕方、渡波小学校には28人の方が生活していました。
そのみなさんも11日には仮設住宅・待機所へ移るそうです。
渡波小学校はその後、小学校として子供達が通うかどうかはまだ決まっていないそうです。
一階にはまだ扉が無い教室があったり、学校としては問題がある事と、父兄の方の心配もあるそうです。
大変な時期を一緒に乗り越えてきた皆さんの節目の時に少しでも一緒にいれて、何より皆さんが明るく笑顔で、本当に良かったです。
渡波小学校 館長 高橋さんと
ラベル:
番外
場所:
日本, 宮城県石巻市渡波
【お野菜】第3弾 渡波小学校
10月6日 川越農家大木様からお野菜をご提供いただきました。
翌日7日渡波小学校へ送りました。
館長に連絡したところ、7日の時点で炊き出しは続けており、お昼の炊き出しでは18・19人位の方が来ているとの事でした。
送った里芋は、炊き出し以外にも仮設住宅へ移られる方へお渡しする事になりました。
翌日7日渡波小学校へ送りました。
大木様ご協力ありがとうございます。
館長に連絡したところ、7日の時点で炊き出しは続けており、お昼の炊き出しでは18・19人位の方が来ているとの事でした。
送った里芋は、炊き出し以外にも仮設住宅へ移られる方へお渡しする事になりました。
2011年10月5日水曜日
2011年10月3日月曜日
ポストカード
「お野菜を届けよう」は皆さんからの支援金とポストカードの売上金で被災地へお野菜を送っています。
ポストカードのデザインはボランティア仲間から無償でご提供いただいています。
ポストカード 1枚100円
※被災地の写真をポストカードにするという事に対して、さまざまな思いをもつ方も多いとおもいます。
ですが、「今の被災地を忘れない」事は何よりも簡単で何よりも大切で、そして何よりも被災者の方が1番望んでいる事だと思っています。
震災後、時間が経つにつれ、メディアでも取り上げられる時間が少なくなっています。
この震災を忘れない。今の被災地を忘れない。
1人1人のこの震災に対する思いは違うと思います。
より多くの人に覚えててもらいたい、身近な出来事として感じてもらいたいとの想いから被災地の今をポストカードにする事にしました。
ポストカード 1枚100円
※被災地の写真をポストカードにするという事に対して、さまざまな思いをもつ方も多いとおもいます。
ですが、「今の被災地を忘れない」事は何よりも簡単で何よりも大切で、そして何よりも被災者の方が1番望んでいる事だと思っています。
震災後、時間が経つにつれ、メディアでも取り上げられる時間が少なくなっています。
この震災を忘れない。今の被災地を忘れない。
1人1人のこの震災に対する思いは違うと思います。
より多くの人に覚えててもらいたい、身近な出来事として感じてもらいたいとの想いから被災地の今をポストカードにする事にしました。
| №1 南気仙沼小学校 |
|
№2 気仙沼 エースポート付近 |
| №3 海に打ち上げられた海来 |
| №4 気仙沼 45号線 |
| №5 小泉大橋付近のJR線 |
| №6 南三陸 防災庁舎 |
| №7 気仙沼 エースポート |
| №8 南気仙沼小学校 |
| №9 南気仙沼小学校 |
|
№10 陸前高田一本松 |
2011年10月2日日曜日
【お野菜】 第2弾 渡波小学校
川越の協力農家さんより、「里芋」3箱・「葉つきだいこん」1箱のご提供頂きましたので、早速9月30日に渡波小学校に向けて発送しました。
9月29日の時点で80人の方が渡波小で生活していました。
渡波小でも、週末には仮設住宅や自宅への引越しが多いそうです。
渡波小学校は6・7月と毎週ボランティアに行っていました。
いつも笑顔で迎えてくれた館長や本部の皆さんのおかげで毎回のびのびと活動できて、私にとってもとても大切な場所のひとつです。
今までサテライト校へスクールバスで通っていた子供達が、やっと学校に戻ってくると思うと嬉しい反面、渡波小学校で出会った多くの皆さんの事を思うと少し寂しいですね。
大木様からは、来週もお野菜ご協力のお約束頂きました。
本当にありがとうございます。
来週以降は仮設住宅へお野菜を送る予定です。
引き続き皆様のご協力をお願い致します。
9月29日の時点で80人の方が渡波小で生活していました。
大木様ご協力ありがとうございました。
石巻では10月11日を目処に避難所を締める方向だとの事。渡波小でも、週末には仮設住宅や自宅への引越しが多いそうです。
渡波小学校は6・7月と毎週ボランティアに行っていました。
いつも笑顔で迎えてくれた館長や本部の皆さんのおかげで毎回のびのびと活動できて、私にとってもとても大切な場所のひとつです。
今までサテライト校へスクールバスで通っていた子供達が、やっと学校に戻ってくると思うと嬉しい反面、渡波小学校で出会った多くの皆さんの事を思うと少し寂しいですね。
大木様からは、来週もお野菜ご協力のお約束頂きました。
本当にありがとうございます。
来週以降は仮設住宅へお野菜を送る予定です。
引き続き皆様のご協力をお願い致します。
【お野菜】 第1弾 渡波小学校
富士見市の協力農家さんより、「ジャガイモ」「玉ねぎ」計10キロを頂きました。
お野菜第1弾は、今だ避難所として多くの方が生活している渡波小学校へ。
渡波小学校では、震災以降避難所で生活している皆さんだけではなく、近隣で自宅避難している皆さんに対しての炊き出しを行っており、今もその炊き出しは行われているとの事。
お野菜第1弾は、今だ避難所として多くの方が生活している渡波小学校へ。
渡波小学校では、震災以降避難所で生活している皆さんだけではなく、近隣で自宅避難している皆さんに対しての炊き出しを行っており、今もその炊き出しは行われているとの事。
寺沢さま、ご協力ありがとうございます。
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